鑑賞教育について(2011年度)

鑑賞教育について
~イギリス、ナショナルギャラリーの教育普及活動~

東京都立上野高校 望月

1.はじめに
望ましい鑑賞教育とは何だろうか。鑑賞は教養やコミュニケーションを学ぶための方法なのか、鑑賞行為自体が芸術活動そのものなのか。東京都美術工芸研究会においても、主に実践を基にして研究を続けてきた。
平成25年度から施行される新学習指導要領をきっかけとして、鑑賞への関心はさらに高まっている。これを私たち美術教師の見解を深める好機ととらえ、鑑賞教育と新学習指導要領との関連を読み解きたい。加えて特に関連が強いと思われるイギリスの実践を紹介する。

2.なぜ鑑賞教育が注目されるのか
新学習指導要領総説にはPISA(生徒の学習到達度調査)や「知識基盤社会」という言葉がある。ここに注目して「何が」教育に求められているのかをまず考えることにした。
PISAと芸術教育との緊密なつながりについては前年度の紀要「フィンランドの芸術教育」で詳しく述べたので省略する。
「知識基盤社会」とは平成17年の中央教育審議会答申で登場した言葉である。
文部科学省HPによれば、21世紀は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」(knowledge-based society)の時代であると定義され、その特徴が説明されている。要点をまとめると、「知識が資本の社会がやってくる」という事である。
ではひたすらに知識を詰め込めば良いのかと言うと、そう単純ではない。ここでいう知識には、国境がなく、日進月歩であり、競争と技術革新が絶え間なく生まれるため、知識の進展は旧来のパラダイムの転換を伴うことが多い。よって、幅広い知識と共に柔軟な思考力に基づく判断が一層重要になる事になる。
知識は変化し続ける、それを前提として活用する能力が必須だというわけだ。知識を得る事のみを目的とする教育への批判的な視点と、知識や情報を活用し問題解決を図る能力への注目、そしてその育成を目指す流れを見取ることができる。
これらを受けて新学習指導要領総説には、思考力、判断力、表現力育成の重視が明記され、それに伴い言語活動の充実や、教科等の枠を超えた横断的な学習についても述べられている。この前提から美術科の教育内容を眺めた時、最も条件に合致しているという見解が、鑑賞教育の注目度を高めていると言えるだろう。
では、「知識基盤社会」に対応した鑑賞教育は具体的にはどのような形になるのだろうか。
一例としてイギリス、ロンドンのナショナルギャラリーで行われていたプログラム『Take one picture』を紹介したい。

3.『Take one picture』とは
この夏、私は東京都から許可を得てイギリスとフランスに滞在し、美術館における教育普及活動の現地調査を通して鑑賞教育についての研究を進めた。
このプログラムは2001年から継続して行われている、小学校を対象とした教育普及活動である。ナショナルギャラリーが所蔵する作品の中から毎年一点の絵画が題材として選ばれ、それを基に8分野――①Literacy(読解能力)、②History(歴史)、③Numeracy(数学的能力)、④Art&Design(芸術・デザイン)、⑤ICT(情報)、⑥Craft,Design&Technology (技術科に近い)、⑦Science(科学)、⑧PSHE &Citizenship(家庭科に近い)――における授業展開である。
多様な教科間、そして学校外の教育施設との連携をも含む横断的な取り組みはイギリスの文科省といえるDCFS(Department for Children, Schools and Families)の教育方針に則った取り組みである。高い水準のカリキュラムには読解能力や数学的能力が重要な構成要素であり、密接な関係があるとしながらも、子どもが広範に学び様々な刺激・経験を受けることは重要であると強調して書いている部分には特に注目したい。
これらの目標を達成するためにこの取り組みがあり、加えて教師の専門性と柔軟な指導力を高めるための支援を行う試みであると書いてある。また、この展示によって学校で視覚芸術を取り上げることの重要性及び関連性を見取ることを望んでいる。

4.『Take one picture』の内容
2011年度は、15世紀末アンドレア・デル・ヴェロッキオによって描かれた「トビアスと天使」が題材として選ばれていた。この1枚の絵画鑑賞を題材に、様々な分野の授業において横断的な展開が行われる。この取り組みに参加したイギリス全土、何百という小学校の中から35校が選ばれ、ナショナルギャラリーに展示されていた。
展示場所は「16世紀の絵画」のフロア、ホルバインの『大使たち』とダヴィンチの『岩窟の聖母』の隣の展示室である。広々とした室内には、小学生の作品が他の芸術作品と同様に美しい照明で照らされ、職員が警備を行っている。作品には学校名と対象年齢、授業展開の説明がキャプションとして添えられていた。主に指導を行った者の名前や役職等も載っており、ホームページではさらに詳しい内容を公開している。この実践報告を客観的に省察するための方法と、開かれた教育の姿勢が端的に表れていると感じた。
この取り組みが、実際の教育活動になるまでの過程を簡単に紹介する。
1 教員向け1日研修:美術館で実際の絵画を見ながら対話型鑑賞を行う。横断的カリキュラムに、絵画をどう活用するべきかを学芸員・参加者と共に探究する。
2 熟考:アイデアを発展させるため、学校の他の人々と創造性について、また生徒の横断的な学習をサポートすることができる方法について、ブレインストーミング等も活用しながら話し合う。
3 計画:アイデアを成功させるための計画を慎重に練る。学校が持つ資源(地域文化や人的資源も含めて)を生かすことを含めて具体的に考える。
4 創作:熟考と計画ののち、実行する。この活動は絵画だけでなく、詩、演劇、ダンス、彫刻、そして科学的な経験やICTまで広範にわたる。この時間は美術科以外の教科に横断的に行われることを可能とし、またこの企画を行う期間を特別に設けることも可能。
5 共有:発表を行い、教育活動を共有することは、生徒と教師に彼らの企画への評価や反応をフィードバックする機会を与える。発表の場は自分の学校内だけでなく、他の学校や保護者会、ウェブサイトなどでも良い。いくつかの学校はナショナルギャラリーで展示される。
6 影響:『Take one picture』は幅広い影響を与えてきた。教師に対しては、専門性を発展させるチャンスと鍛錬の機会を与え、新しい方法に取り組むよう勇気づけた。生徒に対しては、柔軟で開かれた構成によってあらゆる能力育成を応援している。また、学校全体で国家プロジェクトに関与するということは、仕事における自信を改善させ、絵画の自国コレクションについての当事者意識を高める。

このように、教育活動が創りだされてゆく過程について具体的に公開をしている点は注目に値する。「何を」教育したかではなく「どのように」教育を創りだすか。その過程を明らかにすることで、地域の特徴を含めた学校独自の教育活動を開発するきっかけに繋がっていることを明快に伝えている。
また、授業展開がキャプションに説明されていることは既に述べたが、こちらも35種類の中からいくつか例を挙げておこう。(写真は撮影禁止だったため、作品群はHP上で見ていただきたい)
1 絵画の制作が複数の芸術家によって行われていたことに注目し、その手法を学ぶ。その後デジタル処理した絵画を共同で描く。その絵画を透明のアクリル球を通して見ることで縮小され、逆転し、肉筆画に近い表現(当時の手法の再現)になっていることが理解できる。
2 ラファエロの助言に従って魚から父親の目を治癒させる薬を作った物語に注目し、実際の魚と旧約聖書外典『トビト書』から学ぶ。テラコッタ粘土をレンガ状のブロックにして物語の中の言葉を型押しする。そのブロックを組み合わせて巨大な魚の頭部を制作する。
3 トビアスが旅の途中でどんな景観を見たかを想像し、それらをテーマに大きな織物を作る。それらをダンス・パフォーマンスの背景として使用する。ダンスは絵画から6つのテーマ(守護天使、水、砂漠など)を抽出し、感情と身体の移動速度等とのダンスにおける関係性について学んだ後、創作を行う。

5.まとめ
生徒とのディスカッションを基に授業が構成され、教師が複数関わって進めていく手法なども興味深いが、そのような詳細以上に興味を惹きつけるのは、芸術は「知識を単なる情報として受け取るのではなく、自らが主体となって知識を発見し、表現するという過程が特徴的である」というH.リードの言葉を彷彿とさせる、鑑賞教育の持つ可能性の大きさである。
横断的な取り組みの豊富さに表れているように(魚の解剖や、料理のレシピ、盲導犬支援の取り組みなど実に多様である)それぞれが絵画の鑑賞をきっかけに、学校のメンバーや地域の特色、教育施設など身近な資源を生かしながらそれぞれの発見した方法で学んでいく過程は、知識を探究する喜びを伝えている。
一枚の絵画を鑑賞する行為から授業が大きく拡がりをみせ、そしてまた作品へと集約されていく。この流れを「昇華」と言っても良いかもしれない。豊かな鑑賞活動の結果出来上がった作品は、十分に作品そのものとして美しい。作品は見るものにさらに鑑賞の喜びを与え、自然と絵画や教育について学ぶことができる。また、これらの取り組みを鑑賞した我々教師が様々なインスピレーションを得ることは言うまでもないだろう。
ただし、この方法が芸術を学習の手段として捉えていることや、人間の成長過程を俯瞰した場合小学生から言語化やメタ認識を目標として良いのだろうかという疑問等、批判的な視点も同時に持つべきである。私たちには日本という独自の環境があり、美術教育の歴史もある。ある意味「知識基盤社会」はすべての情報を等価に眺めることでもある。様々なことを鵜呑みにせず、自らの視点で検討する時代がやってきたとも言えるだろう。それらを踏まえてこの例を挙げていることを一言断っておきたい。

6、おわりに
小さな子どもがこの企画によって制作された絵本を手に取り、無邪気に楽しんでいる。保護者は傍らで熱心に授業展開のキャプションを読みつつ、子どもに対して、作品についての見解を語りかける。子どもと保護者(もちろん、美術館訪問者である私にも)教育が豊かな喜びを生み出している展示風景は、実に美しい。共に教育を作り上げているという実感を、鑑賞は創出することができる。鑑賞教育の持つ豊かな可能性をこの『Take one picture』は感じさせてくれたのである。

参考資料:
上野浩道(2007)「美術のちから教育のかたち」春秋社
上野浩道(2006) 「ハーバート・リードの美学」玉川大学出版
塚原正彦、デヴィッド・アンダーソン(2000)
「ミュージアム国富論」日本地域社会研究所
The National Gallery『Take one picture』
http://www.takeonepicture.org/index.html

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.